朝、目が覚めると外は晴れていた。
見慣れたはずの窓からのいつもの景色。
しかし今朝ばかりは少し違って見えた。
やはり少し緊張しているのだろうか。
いつも通りの朝食をとる。多めに食べた方がいいのだろうかとも思ったが、
やめておいた。
できるだけ普段どおりのほうがいい。そう自分に言い聞かせる。
身支度を整えると、玄関のドアを開け外に向かって一歩踏み出す。
ついに私にとって人生初となるマラソン・・・
観戦に出かけた。
以前から何度もマラソンを生で見たいとは思っていた。
子供の頃からテレビでマラソンを見るのは好きだった。
オリンピックはもちろん、その選考レース等、テレビでマラソン中継があれば必ず見ていた。
一度、本気でマラソン観戦に行こうと思ったことがあった。
1999年東京国際女子マラソンである。
翌年に控えたシドニーオリンピックの代表選手選考会。
注目はなんといっても千葉真子選手。
これまでトラック種目で輝かしい実績を残し、
今回満を持してのフルマラソンでのオリンピックへの挑戦だ。
千葉選手と私は同い年ということもあって、以前から注目していた。
彼女がトップで国立競技場に戻ってくる瞬間をこの眼で見てみたかった。
しかし残念ながら私は大会当日、国立競技場へ行くことはできなかった。
資格試験の受験日と重なってしまったのである。
私は泣く泣くマラソン観戦をあきらめるしかなかった。
あの時もし国立競技場に行くことができていたなら、あるいは・・・。
そんな昔のことを思い返しながら会場に向かっていると、
茅場町の交差点に人垣ができているのが見える。
どうやらあそこがマラソンコースのようだ。
私もその人垣に加わり、中の様子をうかがう。
マラソン選手が走っている。
「これか!」
初めて目にするマラソン大会。
目の前を通過していくトップランナー達。
普段は多くの車が行き交う大通りが全く違う風景に変わっていた。
ここで印象的だったのは沿道で応援している人たちである。
私の想像では、もっと通りすがりにちらちら見ているぐらいのものと思っていたのだが、全然違った。
みな真剣なのである。
トップ選手の応援か、知り合いが出ているのだろうか、
とにかくみんな真剣に選手に目をやり応援している。
その様子に私は圧倒されてしまった。
銀座に場所を移す。
今回のマラソン観戦では一つの目的があった。
それは芸能人ランナーの応援だ。今年の東京マラソン2012には、
日本テレビ「ヒルナンデス!」出演者が多数ランナーとして出場していた。
誰か一人ぐらい目の前で見られるかもしれない。
そんな期待に胸を膨らませつつコースを走るランナーに目をやる。
するとテレビで観たことのある顔が目の前に現れた。
水卜アナウンサーである!!
私のいる場所の少し手前でスタッフに促され、コースからはずれとある建物に向かう。
続いてもう一人。
フルーツポンチ村上だ。
彼もまた、スタッフに連れられ建物の方へ。
どうやら休憩所に寄っているようだ。
少しして水卜アナウンサーが出てきた。
コースに戻るため、私のすぐ目の前を通っていく。
「水卜さん、がんばってください!!」
気が付くと私は思わず水卜アナウンサーにそう声をかけていた。
自分でも自分にびっくりしていた。
いつもなら例えそんな状況でも恥ずかしくて声なんてかけられない私だからだ。
すると水卜アナウンサーは私を見ると、笑顔で
「ありがとうございます!」
と大きな声で返してくれた。
まだ入社2年目なのにもかかわらず、落ち着いていて、人当たりもいい。
彼女は近い将来、必ず日本テレビを代表するアナウンサーになる。
間違いない!
続いてフルーツポンチ村上だ。
今売り出し中の若手芸人だ。10年後にはさぞかし大物になっていることであろう。多分。
今度は豊洲に場所を移す。
ピンクの大きな被り物のランナーがものすごい勢いで走っていく。
オードリー春日だ!
気持ちは伝わってきた。彼もまた今後もっともっと人気が出るに違いない。
最後に有明だ。ゴールまであと少し。
ゴールからその少し手前までは関係者しか入れないようになっているため、
ここがランナーを応援できる最後の場所となる。
ここでしばらくランナーを見送り、家路につく。
その道すがら、ある一組のランナーが目に止まる。
おそらく夫婦であろうその二人は、体力を使い果たしたのか
走っているというよりはほとんど歩いている状態だった。
しかし二人ともしっかりと前を見据え、腕を懸命に振って前に進んで行く。
ただ黙々と前に進んで行く。
私はその姿に心を奪われた。
今日目の前で見たトップランナーや芸能人ランナー、どのランナーよりも
一番カッコよかった。
なんとか無事ゴールしてほしい。
そう思いながら歩道を歩いていると、
「ランナー通りま~す!」と大会スタッフに歩くのを止められた。
一般ランナーが歩道脇のトイレに寄るためだ。
ランナーが歩道を通り過ぎた後、私たち観戦者、通行人が再び歩き始める。
そして私は帰宅した。
家に帰っている間も、帰ってからも、
私の頭の中は今日見たランナーの姿でいっぱいだった。
みんな格好良かった。輝いていた。
トップランナーも、一般ランナーも、みんながだ。
それに対して自分はどうだろうか。
これまで何かに一生懸命に取り組んだことはあっただろうか。
目標に向かって黙々と前に進んだことがあっただろうか。
自分はいつも誰かを応援するだけ、見ているだけだった。
悔しかった。
情けなかった。
自分にもできるだろうか。
自分もあんなふうになれるだろうか。
自分でも何かやってみたい。
最後に見た、諦めずにゴールに向かうランナーみたいに自分もなってみたい。
自分も輝いてみたい。
スタッフに止められる通行人ではなく、
スタッフに守られる側の選手というものになってみたい。
走ってみたい。
自分もマラソンランナーになってみたい。
ゴールに辿り着いてみたい。
憧れのオリンピック選手に一歩でもいいから近づいてみたい。
自分を変えてみたい。
自分の人生を変えてみたい。
走ってみよう。
マラソンに挑戦しよう。
マラソンに挑戦するんだ。
そう心に決めた。